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Tennis
テニス歴は約10年。試合に出るようになってからの年数だ。人に自慢できるような強さ・巧さはあいにく持ち合わせていないけど、「テニスが好き!」という気持ちはだれにも負けない・・・・と自分では思っている・・・それぐらいテニスにハマっている。
2001年度の戦績とテニスの話題
最新 2001年6月 プリンスカップ2001 中村・伊藤杯 石塚杯 初心者テニス教室開幕 Stringer ![]()
近日入荷予定のStrings
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定価: |
\2,300- | |
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寸法: |
13.5m | |
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カラー: |
ホワイト、ブルー、イエロー | |
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マルチフィラメントとモノフィラメントを分析。独自の BIO理論により完成したマルチログファイバーストリングスです。高いホールド性と反発力が魅力。 |
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2002年1月5日(土) 対抗戦への参加(ミニ対抗戦 米沢)
新年初打ち。松野さんからのお誘いで初参加。男6名、女子4名で2チームに分かれての対抗戦。敗者チームは経費負担(コート代・賞品代)!。10時から開始だったが、1時間前から「泉町テニスクラブ」の練習に入れてもらって調整開始。しかし、クリスマスからの連日の飲み会で体は鈍りきっている。グランドストロークでバテバテ。しかし、前日の友人宅での「14代(←入手困難な山形の有名な日本酒)を楽しむ会」でいただいた分のアルコールはその時全部抜けたみたい。
対抗戦は、僕たちの「Bチーム」が勝ち!でグリップテープの商品までいただいた。僕は、ミックスダブルス・男子ダブルスとも負けてしまったが、対抗戦唯一の男子シングルスは集中力を駆使して勝利(6-0)。対戦相手は、マスターズ(12/2)優勝者:黒田さん。マスターズの予選リーグでは6-2で僕が勝ったが、得失差で決勝トーナメントへ進出し、そのまま優勝したのだ。しかし、今回も黒田さんのリベンジをはね除けてしまった。黒田さんは相当へこんでいた様子だが、どうも僕との相性が問題らしい・・・とにかく黒田さんに勝てて2002年は良いスタートを切ったが、ダブルス2敗は痛いところだ。
心配事・・・ラケットをHEADのiラジカルに替えてからしばらくして、どうも「テニスエルボー」になったみたいだ。体が温まっているプレー中は痛みなど感じないが、逆に顔を洗ったり、仕事で押印したり、子どもを抱っこしたりすると「激痛」が走る。春までには完治せねば。
そんなわけで、ラケットはすごく気に入っているので、ガットを「iso-speed」から「ヨネックスAERON SUPER 850PRO」に張り替えてみたところ、なかなかフィーリングが良い。ポリマルチの「iso-speed」もなかなか良かったのだが、テニスエルボーの状態ではきつい・・・。
2001年12月2日(日) マスターズ(米沢地区シングルスランキング上位者の大会)
2001年11月11日(日) 南陽オープンダブルス 2連覇!
2001年11月3日(土) クラブ対抗選手権
2001年10月21日(日) 山辺グリーンヒルテニスクラブとの交流会
2001年9月30日(日) ハイジアカップミックスダブルストーナメント
2001年9月15日(日) エメラルド杯(ミックスダブルス)
久々に夫婦でエントリー。予選リーグを1位で通過、決勝トーナメント準決勝で田中夫妻に敗退。
2001年8月18日(土)〜19(日) ミッドナイトテニストーナメント
・・・寝る暇あったらテニスがしたい・・・というコピーの真夏のお祭りテニス大会「ミッドナイトテニストーナメント」に今年もエントリー。土曜の夜8時頃から試合開始で、真夜中1時過ぎに大抽選会があり翌朝に終了するという実に愉快な大会である。6年前(1996年)には、幸樹君とのペアでノーシードからの優勝!!ということもあったが、翌年から県内のトップ選手が参加するようになり(第1シードの座も奪われた・・・)、最近ではJOPランカーやプロ選手等も参戦するため、我々素人がタイトルを取ることはかなり困難になっている。順調に勝ち上がっても準々決勝でトップシードと当たるし、アルコールが入っているとはいえ既にエンジン全開モードになりつつあるシードペアを破るのは難しい。しかし、対戦相手のプレーの質の高さが、僕たちの好プレーを引き出してくれることもあるため、負けるのは悔しいけれどもテニスの醍醐味を味わうことが出来るため実に楽しい。
さて、結果であるが 1回戦は Bye(不戦勝)
2回戦は、VS 島田・広瀬(セブンオクロック) 相手は知り合いで一緒に練習したこともあるペア。彼らは2試合目で体が温まっているが、こちらは初戦で体の切れもない・・・初っ端のサービスゲームをブレークされて良いところ無いまま、しかし勝ち上がり3回戦へ。
この夏、「チャンスボールを、如何にしてミスを少なくポイントにするか」というテーマで特訓を重ねてきたが、どチャンスボール(ロブ)をことごとくミスショットしてしまった。日中とは違いナイトゲームであり、さらに山中のコートのためロブが夜空に吸い込まれそうになるのだ・・・
(特訓は、真っ昼間だったため慣れるまで大変だった。また、夜練習のワトワセンターは市街地にあるため夜空も明るい・・・)
3回戦は、VS 河北TC 我がチームの嶋貫・佐々木ペアから勝ち上がって来た相手。サービスが好調で1ゲームを失っただけで敵討ち。ここで、とりあえずベスト8。最低でもここまでこなければ・・・という目標は一応達成。
4回戦(準々決勝)は、VS 伊奈プロ・四釜ペア 去年のチャンピオンだ。最初の相手サービスをブレークし、僕もサービスをキープし順調な滑り出しだったが、やはり相手は巧い!・・・こちらのミスをうまく突いて確実にゲームを取っていく。 結局、3-5で迎えた僕のサービスゲームがデュースの末ブレークされて敗退。ボレーミスがサービスダウンの原因だった。
大会は、橋(福島けんしん)・鈴木昌信(ファイナル4TC)が渡部秋彦・橋良昌ペアを破り優勝した。
ところで、僕の妻君もエントリーした(産休からの復帰第1戦!)。なんと、シード扱いでドローにも恵まれて同じくベスト8。内容は目を覆いたくなる場面もかなりあったが、復帰第1戦としてはあんなものでしょう・・・まずは、ダイエットかな???
2001年8月3日(金) 3時間特訓!
ルコント殿との夏季特訓3時間編。涼しい8月ではあるがさすがに午前10時〜午後1時までの炎天下3時間はきつかった。チャンスボールを如何にミスを少なくするか!ということをテーマにしての特訓だ。我々のアマチュアレベルでは、ポイントの大部分がミスによるものだ。
相手からのチャンスボールをミスしてしまえば、それまで組み立てたショットが一瞬にして相手のポイントになってしまうのである。落ち着いてチャンスボールを80%の確率で決められれば勝利が格段に手に入れやすくなるのである。
第1段階:サーブから 第2段階:サーブ&ボレーから 第3段階:セカンドサーブでのステイバックから・・・以上の3ポイントのチャンスボールをポイントにつなげる練習をしたわけである。
もうろうとなった後半、足が動かなくなった途端、フォアハンドストロークが全く打てなくなった!しかしバックハンドストロークは以外に不安定にはならない・・・不思議だが・・・。僕にとってフォアハンドストロークは永遠の課題なんだ・・・
2001年7月23日(月) トーナグリップ大量入荷!
サンプラスをはじめとするトッププロが使用している「トーナグリップ」30個仕入れました。もちろん僕もずっと前から愛用しています。耐久性は余りないけれど使用感は抜群です。頒布価格は1個250円でどうでしょうかねぇ・・・

2001年7月14日(土) ルコント殿との特訓(久々)
2週間ぶりでルコント殿との特訓だ。雨が少々ぱらついていたが気にしないで特訓スタート。今回の僕の課題は、ボレーコントロールの確認だ。初心者教室では、生徒さん相手だったのでなかなか実践的ではなかったと思うので今日は良い機会だ。
特訓の前半は、ボール出しでのコントロールボレーの練習なので「ボールの高さに合わせてラケットを素直にセット」「余計な動作を省いてボールに対して真っ直ぐインパクト」この2点を課題にやってみたところ、前回の特訓で嫌気がさしていたボールコントロールが、格段に良くなった。
ロングアウトがまず極端に少なくなった。悩んだ甲斐があった!すごく嬉しかった!
このボレーのポイントは、きっと基本中の基本だと思うので、もしかしたら他のショットにも当てはまるのかもしれない・・・
2001年7月11日 初心者テニス教室6回目〜目から鱗〜
雨に2度ほど中止となった初心者教室も6回目となった。今日は、ボレーを中心にレッスンが行われた。最近の僕はどうもボレーのコントロールミスが相当目立つため悩みの種だ。だから、一応コーチ役としてアドバイスをしてはいるが心の中では「僕が教えてもらいたいくらい・・・」と思っているのだ、正直なところ。グランドストロークよりも相手に近いところで、空中でボールのスピードが速い位置でしかもネットという障害物目前でボールを捉えるわけだからボールコントロールがポイントなのである。ここでいうコントロールとは、コースだけでなくラケット操作での力加減の技術も含まれると思う。で、教える立場としてどうすればいいのか考えてみた。グランドストロークよりもインパクトまで時間的余裕がないから、動作をシンプルにしなければならない。余計なラケット操作は無用、一番楽な方法でボールを捉えればいいわけだ。
そこで、単純にボールが飛んでくるコース(高さ)にラケットをセット。ボールに対して真っ直ぐインパクト。コースは打ちたい方向にラケット面を向ける。これだけである。
実に当たり前のことだが僕にとっては「目から鱗が落ちた」感覚。日頃何気なく(考えなしに)打っていたからこそ気づかなかったことだ。もちろん、実際にはボールの速さ・回転(スピンやスライス)があるから簡単には行かない場合もあるが、このポイントを押さえればボレーは確実に上達すると思う。それに気づいた後半は、自分でもびっくりするぐらいミスが無くなった・・・
2001年6月24日 朝日生命テニス教室
楽しみにしていたテニス教室に参加(第2日目)。毎年都合が悪くて参加できなかった教室だ。山本育史プロやJOPランク上位の高田選手ら5名の朝日生命所属のコーチ。ジュニア〜上級・指導者コースに分かれて3時間ほどレッスンを受けた。気合いの入れすぎによるネット&オーバーのミスショットももちろん多かったが、足も動いていたし現役選手によるレッスンはやはり面白い。一流選手のボールはコントロール抜群でしかもバウンド後ボールの伸びが格段に違う。同じボールを打つことは出来ないと思うが、じかに体感できたのは良い経験だった。
2001年6月23日 二日酔い
ルコント殿との恒例の特訓。今日は、完璧に二日酔い!昨夜の職場の飲み会で少々飲み過ぎました。朝に軽くゴルフの練習を兼ねて汗を流してみたけど効果無し。頭痛を楽しみながら練習開始。ミニテニスで体をほぐすわけだがどうも体がおかしい。その後、ベースラインでのグランドストロークをやったが、足がついていかない。すぐにバテバテ・・・やはり二日酔いでの特訓はきつかった。しかし、調子は上向き加減と思うので、地道に調整をしよう!
2001年6月16日 久々特訓
ルコント殿と久々の特訓。ほぼ2週間ぶりにラケットを握った。雨や体調を崩したこともあってずっと出来なかったのだ。体の疲れと軸のぶれの問題があったので、無理して続けることよりも休んでリセットしようと考えていたこともあった。
果たして・・・体も軽く感じられ、リズムも取り戻しているようだ・・・体力が若干落ちているが実に楽しい・・・
ゲームも楽しいと思うが、最近調子を崩しているので基本に立ち返りたいと思っていたので良い機会だ。絶好調にはまだほど遠いが徐々に調整していこう。後半は、源ちゃんとDr.Haradaが隣のコートに来たのでダブルスゲームをやることに。勝ち負けを意識しないで調整を主にやった。
1勝1敗・・・こんなものだろう・・・自分では納得!
2001年6月3日 ルコント殿 ダウン! 旭くん誕生!
特訓仲間の、ルコント殿から高熱(38度!)でダウンの連絡があった。もちろん予定していたテニスは中止。転職による単身赴任と毎週の帰省の疲れ等々・・・・季節の変わり目でみんな疲れているだよ。回復したかな???
夜、僕のダブルスパートナーの幸樹君のジュニア出産祝いに、妻と病院へ。目鼻立ちのハッキリとした男の子だ。名前は「旭(あさひ)」くん。将来は、僕のジュニア(洸瑠:ひかる)とダブルスを組んでくれるかな?
フレンチオープン!開催中だ・・・・けど、我が家はWOWOW契約していないので観れないぞ、なんてこった!
CATVだからパラボラアンテナなしで観られるのに・・・視聴料を小遣いから支払って契約しようかな?
2001年6月2日 絶不調!
今年は晴天が良く続く。いよいよ暑くなってきた。アウトドア大好きの僕は、とにかく太陽の下でいつも活動していたい。
家の建て替えによる引っ越し作業がずっと続いていて、土曜の今日もやらないといけないよなぁ・・・と沈んでいたところに源ちゃんからの電話!どうもテニスのメンバーが足りないということでラッキーなお誘いだ!
妻の仕事が午後からなので、片づけながらのんびりするか・・・と考えていた矢先だ。ちょうど9時過ぎ、11時半までに帰宅すればいい・・・というので急いでワトワセンターへ。
整形外科医のDr.HaradaとDr.Hayashi、女性2名そして源ちゃんが先に汗を流していた。少しアップをしてすぐにダブルスゲームとなったが、どうも体のキレがない。(キレが悪いという段階でなく、キレが無い!)何をやってもミスばかり。サービスリターンなんかなんとホームラン!。どうしたことか・・・これではテニスにならないぞ。
以前から軸のことについて悩んでいたが、ここに来てついにスランプに陥ったか・・・
いろいろと考えてみたが、どうも疲労蓄積が原因と思う。寝不足と引っ越し作業の疲れが体のバランスとキレを奪っているようだ。少しガス抜きと休養が必要なのかもしれない。リフレッシュしなきゃ!
2001年5月30日 初心者ニス教室(南陽市テニス協会主催)
先週(5/23)から恒例の初心者テニス教室(10回)が始まった。本日は第2回目。このごろのテニス人気は明らかに下火で参加人数も10数人ほど。数年前は60人を超えることもあったのに・・・
初心者だけでなく対象を中級クラスまで拡大すればもう少し参加者も多くなるのだろうか?テニスブームはまたやってくるのを期待したい・・・
ところで、その10数人中、ジュニアが4人もいる!小学3年生女子3人+中学1年生男子1人である。そして今年はジュニア担当である。
テニス教室のコーチ役は何年か経験しているが、ジュニアは初体験!何をどうやればいいのかマニュアルもないためかなり戸惑ってはいるが
実際はとても面白い!生徒たちは大人に比べたら非力だからボールは飛ばないし、コントロールなんて無いに等しいがなかなかどうして頑張っている。10回コースでどこまでレベルアップできるか疑問だが、遊び感覚で子どもたちと一緒に覚えていきたいと思う。
「今日も楽しかった!」中学1年の高橋くんが最後にボールを拾いながらそう言っていた・・・そう!テニスは楽しくやらなきゃ!
「楽しく・・・・」これは、何事においても長く続けるキーポイントである。
2001年5月13日 石塚杯(東北総体山形県予選米沢地区大会)
連休中は家庭行事ですっとラケットを握っていなかったため、不安を抱えながらもエントリーした。勝って上位に行くことも重要な意味があるが、思うように練習できない現状からすると、取り敢えず大会に出ながら勘を取り戻すことが今必要なのだと考えている。更なるレベルアップを図るには負ける経験も重要だ。劣っている部分が原因で負けるのだから。ただ、テニスをやる楽しさが以前より増してきたのは嬉しい。
さて、シングルスの結果であるが
1回戦 6-1
2回戦 4-6 VS竹田悟氏 3-0とリードしたが中盤から、イージーミス(スマッシュミス)で追いつかれ、逆転。前回からの「体の軸」が
課題だ。バランスを取り戻すにはどうすればいいのだろう?
ところで、シングルスしかエントリーはしていなかったが、ダブルスのエントリーが少ないので主催者側から頼まれて、急遽午後からエントリーすることとなった。ちょうど、ダブルスパートナーの佐藤幸樹君から声をかけてもらったので少々落ち込んでいたが気分転換をかねて軽い気持ちで出ることに。しかし、ドローでトラブル。なんと1回戦が同じクラブ(南陽テニスクラブ)の佐々木俊・嶋貫憲仁ペア。主催者にドローの変更をお願いしたがもちろんだめであった。これは、優勝せねば!と幸樹君と誓い合った。
1回戦 6-0 VS佐々木俊・嶋貫憲仁ペア
2回戦 6-2 VS桑嶋俊英・渡部ペア
準決勝 6-2 VS戸田守・竹田悟ペア
決 勝 6-0 VS黒田一富・金子治ペア (最近記憶が曖昧で、対戦ペアとスコアは少しギモン・・・)
有言実行のタイトルであった。昨年秋の南陽オープンダブルス以来の優勝である。幸樹君とのダブルスは、決勝戦の勝率は高い!
決勝に行けばほぼ優勝であるが、それまでが大変なのである。
ダブルスだけのプレーヤーにならないようにしなきゃ。(杉山愛になってしまう・・・)
2001年4月28日 山形県オープン米沢大会(中村・伊藤杯)
大会の数日まで残雪があったという米沢八幡原テニスコート。県のポイントもなくなっていたので予選リーグからの出場。リーグを抜けて順当に行けば、第2シードの稲村氏が待ち受けている。取り敢えずそこまで勝ち上がらないと。
予選リーグ初戦 VS米沢中央高2年生 6-0
2戦 VS山形三中生 6-0
決勝トーナメント
1戦 VS米沢中央高2年生 8-3
2戦 VS稲村氏 6-8
言い訳にしかならないが、この冬季間は例年より練習時間が激減したためどうも体のバランスが悪い。体の軸がしっかりしていない。
それは、稲村氏との対戦中盤から現れた。フォアハンドストロークに微妙なぶれが生じる。僕にとっては永遠の課題だ。
2001年4月14日 プリンスカップ2001
毎年恒例となったプリンスカップへのエントリー。今年で何回目になるんだろう?去年までは、ミックスダブルスもエントリーしていたが、今年はパートナー(といっても、妻であるが・・・)が産休中のため男子ダブルスのみである。だから、仮に優勝できたとしても国内決勝大会へは行けないなぁ('98からは、Aクラスへエントリーしているため予選通過さえできないのが現状だ。悔しい・・・)
僕らの予選リーグは第一シードを含む4ペア。何とか2勝(1敗)すれば2位で決勝トーナメントへ進めそう、結構ラッキーな組み合わせ!・・・に思えたが誤算だった。初戦の医学生ペアに勝って安心したのか、気持ちの隙を突かれて第2試合は不完全燃焼のまま敗退。VS第一シードは実力差で敗退(スコア2-6)。今年のプリンスカップはほぼ半日で終了。お昼に吉牛&ビールでお腹を満たしてから、憂さ晴らしにダブルスとシングルスに興じてしまった。例年なら、宮本プロのレッスンを受けたりと真摯な態度でいたのだが・・・
1997年のBクラス優勝&国内決勝大会Bクラス2位以来、リーグ戦の怖さ(得失差で、ハワイ決勝大会進出を逃した)から逃れられないのか思うように結果を残せないでいる。Aクラスは他県からのエントリーもあり激戦区。
来年またがんばろう!
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